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『タナボタ』後編

2010年12月09日 01:28

前回申し上げたとおり、
例によってイラストを追加いたしました。
『8人のあみだくじ』とか『右耳憑依』に比べれば甘口ですが、
エロとかグロとかそういう類のものが大嫌いな方は閲覧注意。

※前編はこちらになります。

   ×   ×   ×

このままじゃほんとに、頭がどうにかなっちゃう――!
その危機感が、指先に込める力を後押しする。
血が吹き出してもおかしくないほどに深く、強く。
ばりばり、ばりばり――。
ぷつん。

……あれはどこのお土産だったっけ。
丸くてかわいい、風船に包まれたようかん。
ぱんぱんに張りつめたその表面につまようじを突き刺す瞬間が、
あたしはけっこう好きだった。
薄いゴムの膜がようじを押し返す手応えを楽しみながら、
「ぷつん」とそれを突き破る快感。
目にもとまらない早さで風船が収縮して、
あとに残るのはつるんとした中身だけ。
味はまあ普通のようかんなんだけど、そのプロセスが楽しくて
ついつい食べすぎたものだった。

あたしがこの時味わった感覚は、その風船ようかんにそっくりだった。
掻きむしっていた腰のあたりでぷつん、と何かが破れる音がして、
そこから「穴」が皮膚を押しのけるみたいにしてみるみる広がって。
次の瞬間、ずるん、というやたら汚い音とともに、
あたしの全身を正体不明の感触が襲った。

tanabota2.jpg

体中を駆け抜けるような圧倒的な感覚に、一瞬めまいを覚える。
開放感と何かとんでもない喪失感が混ざり合った、
どこか甘くて奇妙な感覚。
それが何を意味するのか考えるより早く、
あたしの視界にとんでもない光景が飛び込んでくる。

それは、自分の身体。
ついさっき手に入れたばかりの、優美なフォルムを描いていた、
あたしの新しい肉体。これからの人生を共にするのにふさわしい、
理想そのものを絵に描いたような姿……の、はずだったのに。

何これ。
何これ?
何これっ!?

頭の中が疑問符でいっぱいになるのと同時に、
あたしは絶叫していた。

「い……嫌ぁああああああっ!」
「そう、それが本当の俺の姿。
いや、もうあんたの姿って言った方がいいのかな。
美人の皮を着て、つかの間の女性体験をエンジョイしてた、
どこにでもいる健康で平凡な中年男性だよ」

わざわざ言われるまでもなく、
あたしの五感がその残酷な事実をありありと伝えてくる。
全身についた贅肉。
あちこちから顔を出す貧相な体毛。
油っぽい汗と共に、むっと鼻につく独特の加齢臭がわきあがる。
そして何より、股間にぶら下がっているグロテスクな物体。
あたしには……女にはけして存在しないはずの、
あってはならないはずの器官。
その重み。

「やだ、やだ、うそ、やだ」
「いや、見物だったなあ。
今までは脱ぐときもちゃんと手順を踏んでたんだけど、
最後はあんなふうになっちゃうんだね。
何ていうの、脱皮? というより、破裂?
たしかにこりゃもう使い物にならないわな」

リノリウムの床には、
びりびりに破けた「皮」があちこちに散らばっている。
破片を一枚手に取ってみたが、
急激に乾燥してぼろぼろと崩れていってしまった。

「変な外人が路上でこれ売ってるのを見たときは、
おかしなジョークグッズくらいにしか思わなかったんだけどさ。
なんか妙に気になってね。
今思えば、5000円は安い買い物だったなあ。
あ、もちろん弁償しろとか言うつもりはないよ。
どうせ今日が最後の変身だったんだし。
それに、どっちみちもう俺の物とは言えないよな。
俺が持ってたものは、全部あんたの物なんだから。
顔も、身体も、人生も」
「い、嫌ぁっ」
「ちょっと肝臓がくたびれてる以外は特に持病もないし、
借金も犯罪歴もない。
『中古物件』にしちゃ悪くないと思うけど……
まあ、見た目はアレだわな」
「嫌……嫌よこんなの!」
「そう言われてもねえ、そっちが勝手にやったことだし」
「違う!
あたしはこんな、こんな姿になりたかったんじゃない!」
「そりゃそうだろうな、気持ちは分かる。
でももう、戻りたくても戻れないんでしょ?
あんた自身が言ってたんだぜ」
「あ、ああ、ああああっ!」

思わず抱えた頭に、髪の毛がほとんど無いのに気づく。
何かの間違いだと信じたくて、夢なら今すぐにでも覚めてほしくて、
頬をつねればその痛みよりもじょりじょりした髭の感覚が
「現実」を突きつけてくる。

――私たち一生、この身体のままなんです――

それはまぎれもなく、さっきあたし自身が放った言葉。
頭の中で山彦のように何度も、何度も響きわたって、
その隅々までを真っ黒に染めあげていく、
無邪気で残酷なリフレイン。

嫌だ。
こんなの嫌だ。
誰か、誰か、誰か誰か誰か、助けて……!

「ん?」

カラオケボックスの中に耳慣れた旋律が響きわたったのは、
まさにその瞬間だった。
あたしの携帯から響く、このIXAELは――あいつの、指定着信。
ソファに投げ出してあるカバンから携帯を取り出し、
震える指で通話ボタンを押す。

「ああ、もしもし? 俺だけど――あのさ、ごめん。
こないだは言い過ぎた。胸がないとか、色気がないとか、
お前があんなに傷つくなんて思ってなかったんだ。悪かった。
……それであの、今さらであれなんだけど、
俺たち、やりなおせないかな?」
「……」
「やっぱり俺は、ありのままのお前が、
一番好きなんだ。それに気付いた」
「……ありのままの、あたし……」
「え、誰? やべ、間違えました!」
「あ、き、切らないで!
あ、ああ、あぁああああああああっ!」

あいつにしてみたら、喧嘩した恋人の携帯にかけたら、
知らないオカマ口調のおじさんが出たのだ。
とりあえず切る、という反応はいたって妥当なものだと思う。
だが、あたしは心のどこかで期待していたのかもしれない。
「ありのままのあたし」が好きだというあいつが、
今のあたしをあたしだと認めてくれることを。
でも、ダメだった。分かっていた。
誰よりもあたし自身が、
今の自分が「ありのまま」だなんて受け入れられないのだから。
「今さらであれなんだけど」か。
本当に、どうして今さら?
せめてあと1時間、いや10分早くこの電話をくれていれば、
こんなことにはならなかったのに。
あたしは「ありのままのあたし」でいられたのに。
全てがうまくいくはずだったのに。
もう手後れ。もう遅い。もうそんな人、どこにもいない。

――ありのままのあたしは、もう、いない――。

再び、IXAELの着信音が響きだす。
きっとあいつは番号を確認して、
首をかしげながらリダイヤルしているんだろう。
涙がはらはらと零れ落ちる。
低くて気持ち悪い、ガマガエルみたいな嗚咽が、
喉の奥から漏れてくる。
電話に出たい。
出られない。
でも出たい。
また声を聞きたい。
そして言いたい、あたしも好きだよって。

「あたしも好きだよ」
「!?」

振り返ると、そこには携帯を手にした「あたし」がいた。
あたしの心の声に応えるように、
「あたし」があいつと通話を始める。
いたずらっぽい上目づかいでこちらを眺めながら、
あいつと話を合わせていく。

「うん、うん、ありがとう。
私もなんだか、自分のことが
もっともっと好きになれそうな気がする。
ううん、謝らないでいいよ。
むしろ、こっちが感謝したいくらいなんだから」

話を続けるほどに、その可愛らしい声が、口調が、
仕草のひとつひとつが馴染んでいく。
その身体に入っている偽者が、新しい「あたし」を受け継いで、
作り変え、使いこなしていく。
楽しそうにおしゃべりを続けながらルームミラーに姿を映し、
満足げに微笑む。

「あはは、ううん、なんでもないの。
なんとなくそう思っただけ。気にしないで。
うん、うん、そうだね。それじゃあまた明日」

通話を終えて電話を切ると、
「あたし」はあたしの荷物を手にとって立ち上がった。
携帯をしまいながら、まるで独り言のようにつぶやく。
 
「また明日、か。そうか、そうなんだね。
明日も明後日も、これから俺はずっとこの身体なんだよね。
ようやくちょっと実感わいてきたかも。
若いし、かわいいし、彼氏もなかなかの好青年みたいだし。
こういうのをタナボタっていうんだろうな」
「!」
「改めてお礼を言うよ、どうもありがとう。そしてさようなら」
「ま、待っ……」

待って、とは言えなかった。
待ってもらって、それでどうなる?
どのみち、戻る方法なんてないのだから。

「あたし」はくるりとこちらに背を向け、
個室の扉を開けて颯爽と歩き出す。
もはやすがりつく気力すら残っていないあたしを残し、
少女の後ろ姿が遠ざかる。
開いた扉がゆっくりと閉じていって、あたしたちの人生を遮断する。
ギロチンのように正確に、無慈悲に、完全に。
ぱたん、という音と共に廊下から射し込んでいた光は消え去り、
後には薄暗い絶望だけが残された。

   ×   ×   ×

この構成を思いついたときは
「うわすげえ面白い、俺天才!」とか思ったりもしたのですが、
それはとっくに先人の通った道だったりして。

入れ替えモノ祭りをチェックされた方ならお気付きとは思いますが、
よしおかさんのエントリー作品「わたし」と、
お話の展開がまるかぶりになっておりました。
いてててて。

気づいたのは10月も下旬、toshi9さんに『タナボタ』を提出して
ようやくこれで心穏やかにお祭りを楽しめるわいと
思っていた頃のことでした。

やっちまったなあと思いながら、
とりあえずよしおかさんに連絡を取り、
『タナボタ』を読んでいただきました。

お気を悪くされないだろうかとドキドキしていたのですが、
お返事頂いたのはまことに寛容なお言葉。
優しくされたので調子に乗って、
リンクをお願いしてみたところこちらも快諾。なんという紳士。

というわけで、TS界の大ベテラン・よしおかさんの
「ヒマツブシ処 綾乃堂」にリンクをはらせていただきました。

書き手としても読み手としてもその経験値は凄まじく、
気さくに書かれる感想ひとつにもうならされてしまうほど。
TS解体新書でここ数年行われているお祭りでも
実行委員を務められ、その功績は計り知れないものがあります。
「綾乃堂」にも、ご本人をはじめとするたくさんの作家さんの
非常にバリエーションに富んだ作品が納められているので、
未見の方はぜひぜひご覧あれ。

よしおかさん、このたびはまことにありがとうございました。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。

まさか自分が…そんな人ほど騙される―詐欺、悪徳商法、マインド・コントロールの心理学 (パンドラ新書)まさか自分が…そんな人ほど騙される―詐欺、悪徳商法、マインド・コントロールの心理学 (パンドラ新書)
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西田 公昭

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コメント

  1. toshi9 | URL | YK3S2YpI

    Re: 『タナボタ』後編

    greenbackさん、タナボタ掲載&追加イラスト掲載お疲れ様。このシーンをイラスト化されたんですね。
    私は前編のイラストのシンメトリーのようなイラストが出てくるかなって密かに思っていたんですが、
    このイラストも強烈ですねぇ(笑
    完全に新しいTSネタってほんと難しいのかもしれませんが、まあ意欲だけは持っていきたいものですね。
    それでは、今年もほんとにありがとうございました。

  2. greenback | URL | xB9R6Xc2

    Re: 『タナボタ』後編

    >toshi9さん
    前編イラストのシンメトリーかあ。
    そういう手もありましたね。
    今回のことはなんだかとても良い勉強になりました。
    謙虚な気持ちとチャレンジ精神を胸に、
    書き(描き)続けていけたらなあと思っております。
    こちらこそ、本当にありがとうございました。
    お祭りお疲れさまでした。

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